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没後20年 高井貞二
 
−ニューヨークのタカイ

 

《Landscape of My Country》1956(昭和31)年
2006(平成18)年11月3日(金・祝)〜12月10日(日)

高井貞二(たかい・ていじ)年譜
1911(明治44)年2月5日
大阪市に生まれ、神戸で育つ。小学生の頃、高野口町に転居する
1923(大正12)年
和歌山県立伊都中学校に入学、油彩画を始める
1924(大正13)年
夏の第2回信濃橋洋画研究所夏期講習会に参加
1929(昭和4)年
伊都中学校を卒業。伯父・井上長一の「日本航空輸送研究所」に勤務のかたわら信濃橋洋画研究所に通い、小出楢重、黒田重太郎、国枝金三、鍋井克之の指導を受ける
1930(昭和5)年
上京、第17回二科展に《文明》が初入選して以来二科展への出品を続ける。メカニズムの画家として注目され、東郷青児、中川紀元の「新造型工房」に参加、『新青年』をはじめとする雑誌に挿絵を描き始める
1933(昭和8)年
二科展に出品していた新進作家たちと「新油絵の会」を結成、第1回展に《煙》などを出品、シュルレアリスムへの関心を深める
1937(昭和12)年
挿絵の仕事を通して知り合った画家たちと「新挿絵の会」を結成、第1回展に川端康成「抒情歌」による《抒情歌》3点を出品
1938(昭和13)年
「九室会」に参加。この年、従軍画家として上海、蘇州、南京、九江をめぐる。絵と文を手がけた「中支風土記」が刊行される。このころから具象的な群像表現を試みる
1940(昭和15)年
第27回二科展《エミグラントの街》などを出品、特待賞受賞
1941(昭和16)年
第28回二科展《松花江の船出》などを出品、会友に推挙される
1942(昭和17)年
従軍画家として中国東北部を旅行し、第30回二科展に《北の国境》出品。第6回文展に《国境の少年達》を出品して、岡田賞を受賞。絵と文を手がけた「北を守る兵士達」が刊行される

1944(昭和19)年
徳島・蔵本の部隊に入営
1945(昭和20)年
終戦、この年の行動美術協会創立に参加
1951(昭和26)年
行動美術協会を退会
1954(昭和29)年
横浜港よりスラバヤ丸に乗ってハワイに渡り、翌年ニューヨークに住まいを定める
1956(昭和31)年
ニューヨークで初めての個展を開く
1958(昭和33)年
ポインデクスター・ギャラリーと契約を結び、ここで個展を開催するようになる。このころから、アメリカ各地で開催される展覧会への出品を求められるようになった
1959(昭和34)年
絵本「Henry and The Red Glove」を出版
1963(昭和37)年
第17回二紀会に出品、委員となる。このころから日本で開かれる現代美術展にも出品するようになる
1970(昭和45)年
サウスカロライナ州ウィントロップ女子大学客員教授となる
1973(昭和48)年
アメリカの日本作家展(京都国立近代美術館、翌年東京国立近代美術館)に出品
1979(昭和54)年
和歌山県立近代美術館で回顧展開催。この年、絵とエッセイによる回想録「あの日あの頃」が刊行される
1986(昭和61)年6月26日
東京で逝去

 

開館時間
9:30 - 17:00(入場は16:30まで)
休館日

毎週月曜日

観覧料

一般310(250)円、大学生210(160)円
( )内は20名以上の団体料金
高校生以下、県内留学・就学生、65才以上、障害者の方の方は無料

【観覧料】「コレクション展 2006−秋」と共通



ケイ

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