なわれゆくかんきとひしゅう
綯はれゆく歓喜と悲愁
Joy and Sorrow Being Twined
1915(大正4)年
木版、紙
woodcut on paper
横になって悶え、絡み合うふたりの人物を頭の方から捉えています。しかし足に見える部分は周囲のうねる線とともに、身体的なつながりがもはや曖昧になっており、実在の人物像というよりは、精神的な存在に近いことを感じさせます。ふたりは激しく渦巻く妖気のなかで、一体になろうとし、また離別しようとしているようにも見えます。生と死、意志と運命、愛着と憎悪、そして喜びと悲しみといった二元論的に考えられる要素が、相克しながら一体化し、高められるさまが表現されています。
この作品は、田中恭吉がのこした版画のうち、最後の数点のうちのひとつです。恭吉は肺結核を患い、1914(大正3)年4月に和歌山へ帰郷し、静養していました。そして東京にいる仲間の恩地孝四郎や藤森静雄から届く新作を見るたびに今にいいものをつくるんだと自らを励ます日々を送っていました。やがて同年12月頃から鉛筆やペンで「綯われゆく歓喜と悲愁」のイメージをまとめはじめ、翌年1月、木版画に仕上げます。それがこの作品です。
「版画が一つ出来た、板っぺらが不意に出てきたせいだ 叱られるかもしれないが 大丈夫なんだよ、/『綯はれゆく歓喜と悲愁』/何だかうれしくって仕方がない(おちついてゐるよ)」と、その完成度に満足する言葉が恩地あての書簡に記されています。恭吉が辿り着いた世界観を、文字通り生命とともに刻みつけた作品です。